石垣島・東海岸の津波石群  更新 2014.11.01

今回は、1項の記事の一部修正と、3項に「まつむとぅ家の津波石」の追加を行いました。

1.津波石群の概要

 2013年3月27日、ならびに2013年10月17日に、石垣島の東海岸に点在する津波石が「石垣島東海岸の津波石群」として、国の天然記念物に指定されました。
 指定されたのは大浜の崎原公園内にある「津波大石(つなみうふいし)」、同じく大浜の畑地にある「高こるせ石」、伊野田の畑地にある「あまたりや潮荒(すうあれ)」、平久保半島安良の浜辺にある「安良大かね(やすらうふかね)」、伊原間のヤバガ浜にある「バリ石」の5つの石で、いずれも、歴史的な裏付けや科学的な検証の結果、津波に由来することが実証済みのものです。
 (この内、「バリ石」だけは当初指定されていませんでしたが、地元公民館などから天然記念物への指定を望む声が強くあがり、10月に追加指定されました。)

 なお、大浜・浜原公園内にある「津波大石」については、約2000年前に発生した津波によって打ち上げられたことが、付着しているサンゴの分析などにより科学的に裏付けられています。
 他の3箇所の津波石については、1771年発生した八重山地震による津波(明和の大津波)で移動したとの記録が、『大波之時各村之形行書(おおなみのときのかくむらのなりゆきしょ)』の末尾に収録された『奇妙変異記』に残されています。この古文書には地震のあとの海水の引く様子や津波で移動した岩塊の移動距離などが詳細に記述されています。

 今では浜に静かに佇む津波石ですが、かつては(特に1771年の明和の大津波以前は)全く違った場所にあってそれが津波によって運ばれたことを事実として認識すると、その威力について改めて思い知らされることと思います。


 ※ 「明和の大津波」の詳細については、こちらを参照下さい。

2.津波石群の地図 

3.津波石群の写真

津波大石(つなみうふいし)


 石垣島南東部の大浜の崎原公園(沖縄県石垣市字大浜下屋敷地)にある津波大石は、長径12.8m、短径10.4m、高さ5.9mで、推定重量700トン(最近では1,000トンとも言われています)の巨大なサンゴ石灰岩の岩塊です。牧野清氏によって命名されました。表面に付着したサンゴを炭素14により年代測定した結果、この石は1771年の明和の大津波に由来するのではなく、先島津波と名付けられる約2,000年前の津波によって打ち上げられたものと考えられています。
 この津波石は、大浜公民館から海側に進んで行った所の、大浜小学校の東側にある崎原公園の北側にあります。

太平洋戦争当時、この岩の下で暮らした人もいたそうです。 同拡大
上部に上がる階段も付けられています。 これは崎原公園の北側の道で、海へと続く道です。

 

高こるせ石(たかこるせいし)*


 石垣島南東部の大浜(沖縄県石垣市字大浜船着原)の国道390号線に面した個人牧場と畑地の境界にある津波石です。2,000年前の先島津波でコルセ御嶽(黒石御嶽)に運ばれていた石が、1771年の明和の大津波で再び北方に約600m移動したものと考えられています。大中小の3つに分かれており、合計推定重量は約700トン。「奇妙変異記」には、元々、コルセ御嶽の中に2つの石が並んでいたものが、津波で流されてひとつが畑地(「ふとりや」という所)に、もうひとつが沖合にそれぞれ移動したと記録されています。畑地の石は「ふとりやの高こるせ石」と呼ばれ、沖合の石は「津口北の端の高こるせ石」と呼ばれています。今回指定を受けたのは、畑地の「ふとりやの高こるせ石」の方です。
 この津波石は、現在、牧場のブロック塀や石積みの延長上(南側)として利用されています。塀の外側からの見学ができますが、牛がいたり農作物の栽培が行われていたりしますので注意して下さい。

「ふとりやの高こるせ石」は牧場の南端に位置しています。 同拡大
国道370号線の南側からの光景です。 この時は、国道からたばこ畑の端を歩いて行きました。
沖合中央にあるのが「津口北の端の高こるせ石」です。 同拡大

 

あまたりや潮荒(あまたりやすうあれ)*


 石垣島中部の伊野田(沖縄県石垣市字桃里伊野田)の海岸から約200m離れた畑地内にあるサンゴ石灰岩です。推定重量は約300トン。古文書「奇妙変異記」には、元々、あまたりやという浜の沖合約3町(約327m)にあった2つの石が、津波によって浜から約2町(約218m)の内陸に移動した(打ち上げられた)と記されています。今回は、2つの石の内の1つが指定されましたが、近接してもう1つの石(実はこちらの方が大きい)も見ることができます。地元の人は当初てっきりこちらの大きい石の方が指定を受けたものと思っていたそうですが、実は逆だったということで驚いておられました。
 指定となった「あまたりや潮荒」は、サトウキビ畑の中にありますが、サトウキビが大きく生長した時は見づらいです。畑に入って近づく際には農作物に被害を与えないように注意して下さい。

「あまたりや潮荒」はサトウキビ畑の中にあります。 道路からは10m程度の位置にあります。
近づくとサンゴ石であることが分かります。 サンゴの化石も見られます。
こちらは北側にある、「あまたりや潮荒」より大きな津波石です。 同拡大。「あまたりや潮荒」から約100m離れた所にあります。

 

安良大かね(やすらうふかね)*


 石垣島北部の平久保半島の東海岸・安良(沖縄県石垣市字平久保平久保牧)の浜辺にある津波石で、通称、「イファンガニ」と呼ばれています。直径7.5m、高さ2.4m。この石は、他の津波石のようなサンゴ石灰岩ではなく流紋岩で赤く見えます。
 赤みを帯びているのは、この岩の中に鉄分(赤鉄鋼や褐鉄鋼)が含まれているからだそうです。イファンガニという名前の由来は伊比屋川(イファン川)の赤い石、もしくは叩くとカニ(金属:鉄)のような音がすることから名がついたのではと言われています。また、この「安良大かね」を叩くと、鋭い金属音が響き、たちまち雨が降るとの伝承が残っています。
 赤錆びのような岩肌はとても印象的です。古文書「奇妙変異記」では、元々、浜にあったものが、津波で30間あまり北に移動したと記されています。
 なお、この石は平久保の牧場内にありますが、牧場内の道はあまり整備はされていませんので、車高の高い車か二輪車の利用をお勧めします。なお、この津波石を見に行くには少々(相当の)根性がいりますので、そのつもりで! 

牧場内の道から浜に出た所の光景です。 浜にこのように位置しています。
南側から見た「安良大かね」です サンゴ石灰岩ではなく流紋岩です。
鉄分を含んでいるため独特の赤い色をしています。 個人的には何か霊的なものを感じさせられる石です。
表面の拡大写真。 津波の前にあったと思われる方向の浜。

 

バリ石


 石垣島北部の平久保半島の伊原間の東側、トムル崎とヤバガ崎間のヤバガ浜にある津波石です。直径9m、高さ3.6m、推定重量220トンのハマサンゴの石で、津波で打ち上げられたハマサンゴとしては世界最大規模とされています。中心で2つに割れていることから「バリ石」と呼ばれています。付着したサンゴの分析等から、明和の大津波で打ち上げられたものとされています。
 バリ石はその資料的価値が認められ、また海岸にある不思議な石として地域の限られた人しか知らなかったこともあり、当初の指定から漏れましたが、地元公民館などから天然記念物への指定を望む声が強くあがり、2013年6月に国の天然記念物(追加指定)として答申され、同年10月17日付で指定されました。
 バリ石は、伊原間牧場内の海岸にあります。牧場内の道はあまり整備はされていませんので、車高の高い車か二輪車を利用して行かれることをお勧めします。また、見学は潮の干満にも左右されることから注意が必要です。

「バリ石」は別名「マキ石」とも呼ばれています。
「バリ石」のある伊原間海岸は大変美しい海岸です。

 

 【ここからは国の天然記念物指定は受けていないものの、地元ではよく知られた津波石を紹介します。】 

ちびすく石


 宮良川に架かる宮良橋の北東にある津波石です。宮良川を遡った津波によって打ち上げられたと伝えられています。
 「ちびすく石」は市街地から北上し、宮良橋を渡って左折し100m程度行った右手の畑の中にあります。

「ちびすく石」はこのように、畑の中にあります。 同拡大

 

まつむとぅ家の津波石


 「四ケ字」に残っている津波石です。住所は「石垣市登野城 685-8」 (3号線仲道給油所北西) ですが、気象台よりもかなり上った、昔ながらの民家の「そば屋さん」の敷地内にあります。住宅街の中にあるので、少し見つけにくいかもしれません。敷地内には古井戸もあります。

津波石は、このような民家の路地奥にあります。幟(旗)のあるところが、まつむとぅ家です。 お店の外観です。座敷席だけでなく屋外テーブル席もあります。津波石は向って右側にあります。
これが津波石です。 お店の手書きの説明板です。
  

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