小浜島の御嶽  更新 2016.02.20

御嶽は神聖な場所なので、むやみに立ち入らないでください。(特に男性の立ち入りは制限されています。)
多くの御嶽の入口には内地の神社と同じように鳥居が建てられていますが、御嶽に於いてその意味は全く異なるものであることを理解しておいて下さい。

※今回は、次表の青字で示す御嶽について追記しました。

 小浜島の主要御嶽の紹介

 小浜島には、主要な御嶽がいくつかあります。
 なかでも集落に最も近いところに位置する嘉保根御獄では、国の重要無形民俗文化財に指定されている結願祭が行なわれます。この結願祭は、その年の豊作を感謝し翌年の五穀豊穣を祈願するもので、一連の祈願を締めくくる行事となっています。
 ここでは小浜島の主要な御嶽を紹介します。一部調査不足で詳細の不明なものもありますがご了承願います。
 
No. 名 称 備 考
1. 嘉保根御嶽(カブニワン)*
2. 後照御嶽(ティダクシワン)
3. 佐久伊御嶽(サクイワン)・仲山御嶽(ナカヤマワン)
4. コーキワン?
5. 竜宮神社 (東むてぃ御嶽)*

地図

 
  
1.嘉保根御嶽(カブニワン)
 
小浜島のほぼ中央部、集落の最も近くにある御嶽で、その年の豊作の感謝と翌年の五穀豊穣を願う、小浜島最大の祭りである「結願祭(国の重要無形民俗文化財に指定)」が行なわれる御嶽です。
かつて東海岸近くにあったとされ、のちに現在地に移転したと伝えられています。「東山(アーリヤマ)」とも呼ばれます。王府上納品を運ぶ兄の航海安全を妹が祈り、その願いがかなったことで御嶽を建立したそうです。竜宮の神を祀っており、御嶽では前述の「結願祭」のほか、島の主要神事が行われます。
御嶽の鳥居の横にはカンドゥラ石が置かれています。この石はその昔、雷鳴とともに空から落ちてきて大雨を降らせたと伝えられてします。島の人はそれを神の仕業と信じ、日照りが続くとこの石を担いだり投げたりして雨乞いをしたそうです。大きい石は重さ約60kg程度、小さい石でも重さ約30kg程度あり、隕石という説もあるそうです。

なお、御嶽の拝殿には、同島出身で戦後八重山群島知事となった吉野高善氏が奉納した額も掲げられています。
 
鳥居 カンドゥラ石
 
 
2.後照御嶽(ティダクシワン)
 
大岳の南西に位置する御嶽です。鳥居から拝殿、イビの門は一直線となっています。
詳細は調査不足で不明です。
 
鳥居 拝殿と奥のイビ
 
 
3.佐久伊御嶽(サクイワン)・仲山御嶽(ナカヤマワン)
 
佐久伊・仲山御嶽は小浜部落の北西、大岳の南西に位置しています。また、後照御嶽の隣、南側に位置しています。この御嶽は仲山御嶽と佐久伊御嶽が合祀されています。
道路から杜に少し入るとコンクリート製の鳥居(「昭和9年12月17日」と記されています)があり、鳥居と御嶽(拝所)との間は谷状になっていて下を川が流れています。そして拝殿と門のある石垣・イビと参道とは直交した造りとなっています。
佐久伊御嶽の神名はサクヒ神花、御イベ名はマカコ大アルジ、仲山御嶽の神名は佐久伊御嶽の神名と同じサクヒ神花、御イベ名はモモキヤネとされています。
なお、佐久伊御嶽は、嘉弥真島の嘉弥真御嶽を招聘したといわれる古い歴史を有する御嶽です。〔約250年前〕
 
鳥居 御嶽の杜
 
 
4.コーキワン?
 
大岳の北側に位置する御嶽です。この御嶽も鳥居から拝殿、イビの門は一直線となっています。
詳細については調査不足で不明です。
 
鳥居 イビ門
イビ門 御嶽の杜
 
 
5.竜宮神社 (東むてぃ御嶽)
 
トゥマールビーチの南東端にある旧海軍洞穴のすぐそばに、海に向かって鳥居と祭壇らしきものが建てられています。白い鳥居が印象的な竜宮神社です。別名、東むてぃ御嶽(アールムティワン)です。
創建の由来は不明ですが、伝承では御用布を王府に納めるため、首里に向かった兄の航海安全を祈った妹に神の霊験が示された場所と言われます。兄は無事に帰島し、以来竜宮の神を祀って航海安全を祈る御嶽とされました。戦前は軍隊への入営や出征の際、住民がここに集まり、武運長久を祈願しました。しかし集落から離れて交通が不便であったことから、御嶽を遷座して嘉保根御嶽と呼ばれるようになったと言われます。
 
海側からの遠景 鳥居正面からの光景
イビ門? 香炉が置かれています。
 
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