石垣島の共同売店   更新 2013.12.21


 石垣島の北部には戦後、開拓移民の方々が築いた集落がいくつかありますが、そうした開拓集落では現在でも生活に必要な食料品や日用雑貨などを売っている共同売店が計4店あります。 この「共同売店」は60年以上も前から集落の方々の共同出資で立ち上げられたもので、仕入れ・販売・利益分配など、全て集落の方々で運営されている商店で、相互扶助を基本としたいわば生協の様なものです。

 具体的な店舗としては、大里売店(大里集落)、星野売店(星野集落)、伊野田売店(伊野田集落)、明石売店(明石集落)の4つの共同売店があります。

 共同売店で売っている品物の種類は少なく、一般的なコンビニの方がはるかに種類が多いかと思います。 食料品(生鮮食料品もありますが、大半は保存のきく冷凍物、インスタント物、乾物、調味料、缶詰の類の物)とその他の生活必需品(衣類・履き物などの日用雑貨)が少しと、文具などがほんの少しある程度です。

 共同売店を利用する時は、お店が営利目的の商店ではなく集落の日常生活を支える大切な拠点となっていることを頭の中に留め、買い物をするように心掛けたいものです。

共同売店の地図

各共同売店の紹介

大里共同売店 石垣市字白保1794-9  TEL 0980-86-7851 
大里集落は、桃里村のあった場所に昭和28年(1953年)に政府計画移民として、沖縄本島大宜味村、羽地村、越来村などから入植してきた人々によって開拓された集落です。入植当時の人口は116人だったそうです。
集落名の由来は大宜味村の「」、かつての村名だった桃里の「」を取って「大里」と命名されました。
大里共同売店は
昭和33年(1958)に設立され、その後の昭和53年(1978)に現在の場所に移転しました。
 
 
星野共同売店  石垣市字桃里165-56  TEL 0980-86-8282
星野集落は昭和25年(1950年)3月、集団移住として沖縄本島の大宜味村、玉城村、宮古島の城辺町の方々が入植して築かれ、当時の人口は105名だったそうです。集落名の由来は当時の大浜町長・星克氏の「」、八重山民政府知事・吉野高善氏の「」を取り「星野」と名づけられました。 星野共同売店は昭和28年(1953)8月に設立され、その後、昭和52年(1977)に、3度目の建設がなされています。
星野集落には人魚伝説が有り、星野共同売店の横のトイレの上には人魚像が設置されています。
 
 
伊野田第二共同売店 石垣市字桃里201  TEL 無し 
伊野田集落は、明治25年頃に奄美大島出身の葛謙栄氏らによっては開拓されましたが、後のマラリアや台風災害のため一時中断、頓挫しました。 その後、昭和26年(1951年)10月に、政府計画移民として沖縄本島大宜味村から入植が行なわれ、入植当時の人口は138人だったそうです。
伊野田共同売店は、昭和27年(1952)1月に設立されています。
 
 
明石共同売店 石垣市字伊原間431  TEL0980-89-2207
明石集落は、昭和30年(1955)に沖縄本島(大宜味村、読谷村他)、石垣市、大浜町等から政府計画移民として入植した方々によって形成された集落です。入植当時の人口は349人だったそうです。 集落名は、小字名の「赤石」でしたが、入植団によって「赤」を「明」に変え命名されたそうです。
明石共同売店は昭和30年(1955)に設立されています。
   

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