八重山の文化財(名勝) 作成 2015.06.06

 名勝とは、我が国の優れた国土美として欠くことのできないものであって、自然的名勝と人文的名勝とに分類されます。
 自然的名勝は、主に自然の働きによって形成され、歴史や文化にも支えられている景観で、人文的名勝は、日本庭園のような人為的に形成された景観です。
 現在、八重山には国指定、国登録、県指定、竹富町指定の計9つの名勝があり、それは以下のとおりです。(2015.5末現在)
 
No. 名  称 場所 区分 指定・登録年月日 備考
1-1. 宮良殿内庭園 石垣島 国指定 昭和47年5月15日
1-2. 石垣氏庭園 石垣島 国指定 昭和58年10月27日
1−3. 川平湾及び於茂登岳 石垣島 国指定 平成9年9月11日
1−4. 久部良バリおよび久部良フリシ 与那国島 国指定 平成26年3月18日 旧県指定名勝
1−5. ティンダバナ 与那国島 国指定 平成26年3月18日 旧県指定名勝
2−1. 仲本氏庭園 石垣島 国登録 平成24年1月24日
3−1. サンニヌ台 与那国島 沖縄県指定 昭和49年4月25日
4−1. 大 岳 小浜島 竹富町指定 昭和47年8月30日
4−2. 高那の景勝 波照間 竹富町指定 昭和47年8月30日

名勝の地図

各名勝の説明

1−1.宮良殿内庭園
 
 宮良殿内庭園は、建物と同じく1819年、宮良間切頭職の当演の時に作庭されたといわれ、首里の庭師・城間親雲上(ぐすくまぺーちん)の設計指導によるとされています。
 内地の寺院の枯山水の伝統様式を踏襲するものであり、日本庭園文化の伝播をみる上で大変貴重なものとされています。背後にはフクギ、築山にはソテツ・シュロ・ハイビャクシンなどが配植されています。
 (入場料:大人200円、小人100円 火曜定休)
 
名勝指定碑
史跡 宮良殿内庭園
                   昭和47年5月15日 国指定
 この庭園は文政二年(1819年)ごろ、八重山の頭職の地位にあった松茂氏八世当演のとき、作庭されたと考えられます。珊瑚石灰岩を主材料として五つの築山を、北を高く南に向って次第に低く築いています。この山と三の山との間に枯滝を落とし、三の山と四の山の間に石の反橋を架け、四の山と五の山は岩島風に作られています。また前面に平らな砂池とし、庇下には左手に一群の岩を組み、右手に蹲踞を、特に砂岩を用いて構えてあります。
 この庭園の構成の基準となっている地割は、日本庭園の伝統様式を踏襲する沖縄近世における上流階級の屋敷構えの中における庭園として最もよく保存されているものの一つです。
                      沖縄県教育委員会
                       昭和52年3月31日
宮良殿内外門と石垣塀 南側(庭園入口側)
北側 東側 (中央部)
 
1−2.石垣氏庭園
 
 石垣氏庭園は1800年頃、大浜間切頭職の大浜親雲上(おおはまペーちん)長演の時に作庭されたと伝わっていますが、宮良殿内庭園と同じく1819年の説もあります。また、石垣氏庭園の作庭も宮良殿内庭園と同じく首里の庭園師城間親雲上(ぐすくまぺーちん)によるものとする説があります。 庭園の構成は宮良殿内庭園と酷似していて、いずれも日本庭園の伝統様式を踏まえつつも、地元産の石材や南国的な植栽が地方色豊かで、独特の趣をみせる庭園となっています。
 石垣氏庭園は、宮良殿内とともに八重山の二大名園で、枯山水の日本庭園の様式を取り入れつつも、八重山独自の様式の庭園を知る上で貴重なものとなっています。
 (庭園の見学は、所有者のご厚意で無料で出来ますが[但し門が開いている時に限られますが]、あくまでも一般の民家であることを忘れずご迷惑をかけることのないようにしましょう!)
 
名勝指定碑
石垣氏庭園
         国指定名勝 昭和58年10月27日指定
 この庭園は、わが国の日本庭園のうち最南西の位置にある庭園で沖縄の名園のひとつです。
 1800年頃八重山の大浜間切頭職の地位にあった石垣家の祖先である大浜親雲上のときにつくられたと伝えられています。庭園は琉球石灰岩を主な材料とし、五つの集団石組を北から南へと順に低く築いてあります。これらを石段や石橋をつなぎ、所によって枯れ滝を落し、岩島を配しています。
 のき下の左手には一群の石組み、右手には砂岩の手水鉢が置かれています。庭園の背後にはフクギ、築山にはソテツを植え込むなど、日本庭園の伝統様式を踏まえながらも、地方色豊かな枯山水庭園として独特の趣をみせています。
 この庭園は、八重山における近世上層階級の屋敷構えと庭園を知る上でも貴重であるばかりでなく、日本庭園の伝播をみる上でも価値のあるものです。
 平成2年3月   文部省
            沖縄県教育委員会
外門と石垣塀 庭園を南側から眺めた景色
庭園中央部 北側から南側を眺めた景色
 
1−3.川平湾及び於茂登岳
 
 川平湾は石垣島西北部に位置し、奥深い入り江の風光明媚な湾です。琉球石灰岩からなる7つの小島が湾口を塞ぐように点在しています。晴れた日には、紺碧の海に浮かぶようにたたずむ島々と真白な砂浜のコントラストが絶景を作りだします。
 この湾内は外海からの影響が小さく、波が静かであることから、石垣港から琉球王府へ貢納物を運ぶマーラン船が、風待ちのために一時的に待避する港としても使われました。湾岸には航海の安全を祈願する拝所として「浜崎御嶽」や「観音堂」が残っており、今も多くの人びとの信仰の場となっています。また、湾の西北岸は布晒浜と呼ばれ、王府への貢納布として島の婦女子に課された「八重山上布」を晒す場所でもありました。現在では、湾中央部で行われている黒真珠の養殖でも有名な場所になっています。
 於茂登岳は沖縄県内最高峰(標高526m)の山岳で、古くから八重山の人々の信仰の対象として、文化史的にも貴重な山岳です。名称の由来は「島の大本(うふむとぅ)」によるとされ、宇武登・宇本・於本などの表記も古文書類に見られます。
 川平湾から望む於茂登岳との対比が絶妙で、大小の島々からなる海浜と亜熱帯林に覆われた山岳とが一体となり美しい景観を見せています。
 
団体記念撮影場所手前 川平公園展望台より北側(湾口)の眺め
川平公園展望台より於茂登岳方向の眺め
(於茂登岳は右側の少し小さなピークのある山)
吉原の川平展望所からの川平湾の眺め
真栄里ダムからの於茂登岳 於茂登岳登山口
 
1−4.久部良バリおよび久部良フリシ
 

 久部良フリシは、与那国島北西岸に位置する波の浸食により形成された砂岩の急な崖からなる独特な風致景観です。その中央に久部良バリと呼ばれる深い断層崖の亀裂があります。
 久部良バリは、久部良フリシの一部で、全長約15m、幅員約3.5m、深さ約7mの亀裂で、人頭税の負担にあえいだ島の人々が妊婦を跳ばせて胎児とともに死に至らしめ、人口調整をしたという伝承があります。
 久部良フリシ一帯は、旧暦4月にイネの害虫を駆除するため、虫の霊を海のかなたの理想郷、アンドゥヌチマに送るフームヌン(穂物忌み)の儀礼の場となっていて、与那国島の精神文化を語るうえで重要とされています。
 平成26年3月18日に国名勝に指定されました。

 
名勝指定碑 (この碑は県名勝時のものです。)
クブラバリ一帯 (県名勝)
                昭和49年5月13日指定
 クブラバリ一帯は周辺が美しい芝生に覆われ、クブラフリシの長く続く海岸は、風光明媚な景勝地である。
 クブラバリはクブラフリシの一部であり、全長15m、幅約3.5mもあるかなり長い断層である。
 クブラバリについては悲しい伝説がある。琉球王府はこれまでの貢納制度を改め、15歳以上のすべての男女に賦課することにした。世に言う過酷な人頭税制度であるが、その影響は与那国島にまで及び、村ではここクブラバリで残酷なことが行われたという。人口制限のため、村々の妊婦をあつめて、この岩の割れ目を飛ばせたのである。
 妊婦たちは必死の思いで飛んだが、多くは転落死したり、流産したと語り伝えられている。
              与那国町教育委員会
久部良バリ 久部良バリ
久部良バリと久部良フリシ 久部良フリシ
 
1−5.ティンダバナ
 

 高台・ティンダバナ(天蛇鼻)は与那国島の南西部に位置し、島の中心である祖納集落の背後に屏風状にそびえ立つサンゴの隆起と浸食で形成された標高約85mの崖です。景観の美しい天然の展望台になっています。眼下には東に宇良部岳、西には東シナ海が一望できる景勝地で、島民の憩いの場となっています。
 展望台近くの岩陰には豊富な湧き水があり、毎年旧暦の8月に行われる島の祭祀(さいし)行事の「アラミディ(新水)」では、年の初めの水をくむ神聖な場所となっています。
 15世紀末期に活躍した女傑「サンアイ・イソバ」の居住地伝承や「イヌガン」と呼ばれる洞窟には、久米島から首里王府へ向かう貢納船が荒天に遭い、与那国島に漂着し、1人の女と1匹の雄犬が岩屋で暮らすようになった犬祖伝説もあります。
 平成26年3月18日に国名勝に指定されました。

 
名勝指定碑1 (この碑は県名勝時のものです。)

  県指定名勝 ティンダバナ 昭和49年5月13日指定
 字祖納の南西に屏風のようにそそり立つ標高100mのティンダバナは、台形状の地形をなしている。眼下には祖納集落の家並が展開し、東にウラブ岳、西には雄大な東支那海が一望され、天然の展望台になっている。展望台近くの岩陰には、豊富な湧水があり、岩壁には八重山の生んだ詩人伊波南哲の詩も刻まれていて、「歴史の丘」として島人たちのいこいの場所にもなっている。
 ティンダバナに続く南の傾斜面には、与那国島の英雄の一人サンアイ・イソバが出生した古邑サンアイ村が立地し、彼女にまつわる旧跡も多く残されている。彼女は、16世紀の末頃に与那国島に君臨した女酋とされる人物であるが、巨体で剛力の持主であったといわれ、政治をよくし島人から尊崇を集めたと語り伝えられている。             沖縄県教育委員会
                      与那国町教育委員会

ナンタ浜からのティンダバナの眺め ティンダバナの遊歩道
名勝指定碑2 (この碑は県名勝時のものです。)

ティンダハナタ(県名勝)
               昭和四九年五月一三日指定

 ティンダハナタは、標高百メートルの自然展望台になっている。
台上からは、眼下に赤瓦の家並やナンタ浜が、遠くには東シナ海が広がる。島を見守るようにたたずむティンダハナタは景勝地で、島人たちの憩いの場所である。
 展望台近くの岩陰に豊富な湧き水がある。この水は神聖な水とされており、島の祭事で一番目に行われるアラミディの際供えられる。
                与那国町教育委員会

ティンダバナの遊歩道 ティンダバナからの租納集落の眺め
 
2−1.仲本氏庭園
 仲本氏庭園は、19世紀前半の琉球王府治世下の八重山において、頭職(かしらしょく)という要職も務めた高級士族を輩出した仲本家の屋敷内に築造された庭園です。作庭時期の記録はありませんが、19世紀中頃と推定されています。
 「宮良殿内庭園」「石垣氏庭園」とともに日本庭園の伝統様式を踏襲した日本最南端の庭園としてよく知られています。仲本氏庭園も前述の2つの庭園様式によく似ていて、築山に巨石を据えて枯滝を配し石橋を架けた枯山水庭園です。庭園を構成する主な材料は琉球石灰岩で、ソテツやフクギなどの植物が植えられています。
 庭園の材料や地割などの地域的な特徴や、八重山における日本本土の庭園文化の伝播をみることのできる事例として、造園史上の意義が深いと考えられています。
 
庭園整備の説明板
 この琉球庭園は、仲本家(旧前石垣殿内)の庭の一部を主庭として、五つの築山と出島からなり、琉球石灰岩の石組とソテツ、ツバキ等の植栽を配置した枯山水庭園です。
 隣接する桃林寺、権現堂の街並みと相和し、歴史の趣を備えた空間として都市計画街路事業により整備しました。
                 平成12年3月 沖縄県
東側 左の築山の裏側 (小さな歩道があります。)
中央部 中央部やや西側
西端からの光景 (手前は井戸跡で、左側は桃林寺です。) 庭園はこのお宅の裏側に位置しています。
 
3−1.サンニヌ台
 サンニヌ台(三根台)は、東崎(あがりざき)の南西に位置する、はがれやすい板状の地層が積み重なった独特の地形をした断崖絶壁の岩です。海に落ち込む断崖が垂直に切り立ち、剥き出しになって浸食された千畳岩が波打ち際まで階段状に続いています。上には遊歩道と展望台があります。ここはかつてNHK大河ドラマ「琉球の風」のロケ地となり、近くにはその碑も建てられています。すぐそばの沖合いには、軍艦岩があります。
※ 現在は、過去の台風の影響で、展望台も遊歩道も崩壊し、柵が設けられ立ち入り禁止になっています。このため、軍艦岩も含め雄大な岩々を近くで眺めることが出来なくなっています。
 
名勝指定碑
サンニヌダイ (県名勝)
                昭和49年5月13日指定
 侵食されて切り立った岩肌は雄大な景観を呈し、東の海に傾斜して広がる千畳岩、北側に威容にして浮かぶ軍艦石等の雄大な眺めは、与那国島随一の景勝地である。
 岩肌に波打つ深い海は、大物釣りが楽しめる絶好の釣り場として、人気がある。
 サンニヌダイ一帯は、学術上貴重な植物「ヨナクニイソノギク」「ヒメサヤバナ」「ヤエヤマスズコウジュ」の群落地である。
 サンニヌダイの南西三五〇メートルの海中に、『球陽外巻 遺老説伝』で「与那国の頓岩」と記録されている「ウブイティディ」(俗称 立神岩)が屹立している。
                与那国町教育委員会
展望台へのルートは現在は立入禁止となっています。 断崖からの眺め
断崖からの眺め  立神岩
 
4−1.大 岳
 

 標高99mの高さのこの山は竹富島にありましたが、不信心者がいたため、神が小浜島に移したという伝承があります。大岳の展望台からは、天気が良ければ360度のパノラマで、与那国島を除く八重山の8つの島々の全てを眺めることができます。
 駐車場のある入り口から階段を290段ほど登りますが、階段は頂上までほぼ真直ぐに設けられているため結構体力を要しますので、無理をせずゆっくり登りましょう。

 
大岳と登山口 頂上への階段
頂上の東屋(展望台) 北方向、手前はカヤマ島、その奥は石垣島
南東方向、向いの左側の平らな島は竹富島 南西方向、右側は西表島
 
4−2.高那の景勝
 

 波照間空港の南側、波照間島の南東部の岩の平原の先に、約1kmにわたって連なる断崖絶壁の海岸線が高那の景勝地です。
 集落の集まった島中央部から南東にかけての大きな断層(高那バリと呼ばれます)が2本走り、それらに挟まれた地域は標高が高くなっています。高那崎から最南端の碑にかけての海岸線の高さ十数mにもなる断崖もこの断層によるものです。
 特に日本最南端の碑があるポイントからやや左(北)側に見える、断崖絶壁の海岸線に荒波が打ちつける様子は迫力があります。南方にはどこまでも広がる海があり、水平線が延びています。

  
高那の景勝の碑(左側)
高那の景勝
この島の太平洋に面する広大な岩原
数十米の絶壁と砕ける波のしぶきの雄大さ

※ この碑は「日本最南端の碑」の近くの東屋の横にあります。

高那海岸(北方向) 高那海岸(南方向)
高那海岸(南方向) 東屋
星空観測タワー 日本最南端の碑
 
 Page Topへ戻る     ちょっとDeepな旅スポット に戻る     HOME へ戻る     

Copyright (c) 2008.8 yaeyama-zephyr

写真の無断転載・使用を禁じます。利用等をご希望される場合はメールでご連絡下さい。