竹富島の種子取祭の概要  作成 2015.01.03

1.概要

 約600年の伝統があると言われ、1977年(昭和52年)に国の「重要無形民俗文化財」の指定を受けた「竹富島の種子取祭(タナドゥイ)」は、島人総出で五穀豊穣と子孫繁栄を祈る、島最大の行事です。

 種子取祭は、毎年、旧暦9月・10月(新暦10〜12月頃)に廻り来る干支の甲申(きのえさる)の日(農業暦の正月にあたる節祭りから数えて49日後)から甲午(きのえうま)の日までの10日間行われます(但し現在は10日目は省略されています)。 祭り期間中には、様々な儀式が執り行われ、7、8日目となる庚寅(かのえとら)、辛卯(かのとう)の2日間を中心に、世持御獄(ユームチオン)で70余りの伝統芸能が神々に奉納されます。

 竹富島には玻座間村と仲筋村の2つの村があり、玻座間村はさらに東と西に分かれます。 種子取祭の芸能は玻座間村と仲筋村で競演するという性格をもっていて、7日目の奉納芸能は玻座間村が、8日目は仲筋村が演ずると決まっています。

 奉納芸能は、庭の芸能と特設舞台の上での芸能とに分けられます。 また芸能は大きく分類すると、踊り(ブドゥイ)と狂言(キョンギン)とに分けることができます。 舞踊は女性の担当であり、狂言は男性の担当となっています。


2.種子取祭の由来伝承について

 伝承によると今から640年ほど前、竹富島には6つの村がありました。その村には、玻座間村は根原金殿(ネーレカンドゥ)、仲筋村は新志花重成(アラシハナカサナリ)、幸本村は幸本節瓦(コントゥフンガーラ)、久間原村は久間原ハツ(クマーラハツ)、花城村は他金殿(タガニドゥン)、波利若村は塩川殿(スーカードゥン)という酋長がいました。最初のうちはこれらの村で別々に種子取祭を行っていましたが、このうち根原金殿と新志花重成が作物の主導権を争いました。その結果、玻座間村の根原金殿は粟を司り、仲筋村の新志花重成は麦作を司ることとなりました。その後、新志花重成は種子蒔きの日を根原金殿の行っていた戊子(つちのえね)の日にするようになりました。

 しかし、種子蒔きの日について他の酋長はこれに従いませんでした。特に、幸本節瓦は己丑(つちのとうし)の日の種蒔きを強く主張していました。そこで、根原金殿は自分の妹を幸本節瓦に嫁がせ、幸本節瓦を説得させます。
彼女は、「兄の根原金殿の作物が良く稔るのは、作物が土の中で根付く戊子の日に種子を蒔くからであり、貴方の蒔く己丑は、作物が土の中でウシル(失せる)悪い日である」と説得しました。それを聞いた幸本節瓦は、根原金殿の戊子の日に種子を蒔くことにしました。

 一方、甲午(きのえうま)の日に種蒔きを行っていた久間原ハツ、他金殿、塩川殿の3酋長も根原金殿の豊作を見てこれに従うことを決めて、幸本節瓦とこの3酋長はアンガマ(覆面仮装)の姿に扮して根原金殿を訪問します。
その時の応答が世乞い(ユークイ)の「巻き歌」として現在も歌われています。こうして、6人の酋長による種蒔きの日取り争いが行われ、種子取祭が統一された、と言われています。

 この酋長時代は竹富島における村落共同体の始まりとされ、六山(ムーヤマ)時代と呼ばれる一種の伝説的な時代であり、この時代の6人の酋長たちは竹富島では神として御嶽に祀られています。

 ※ この種子取祭の由来伝承は竹富島文庫T「種子取祭」から一部引用しました。

 

3.弥勒信仰について

 沖縄の弥勒信仰は、「ニライカナイ」の信仰と習合して、海の彼方の楽土から世(ユー:豊作、富)を運んでくる五穀豊穣の神とされています。八重山の弥勒神は安南(ベトナム)から伝来したという伝承があります。
 竹富島の弥勒神は、仲道家の先祖が弥勒神の仮面を海岸で拾って拝み始め、後に与那国家に譲ったそうです。現在でも、種子取祭に仮面を被って弥勒神として登場できるのは与那国家の当主だけです。

 
世持御嶽の傍にある弥勒奉安殿の外観 弥勒仮面

4.種子取祭会場の世持御嶽の地図

5.注意事項その他

 (1) 注意事項

 種子取祭は大切な神事の一つで、舞台芸能は神様へ奉納することを目的としています。  厳粛に執り行なわれますので、その旨協力をお願いします。 また、取材・撮影を行う方は、公民館から許可証を受けて下さい。
 
 厳粛な神事でもあるため、特に願いや奉納芸能などの最中には、静かにして下さい。
 
 行列や願いの最中に、絶対に、神司を追い越して前に出ないで下さい。
 
 行列(「サンケイ」「ユークイ」)や奉納芸能(庭の芸能)の際には、決して横切らないで下さい。
 奉納芸能(庭の芸能)が演じられている時間帯には、紅白のポールと鳥居との間には立ち入らないで下さい。
 
 見学、取材といった参加をする際には、必ず携帯電話を切るかマナーモードにして下さい。
 
 期間中に種子取祭についてのガイダンスが開催されます。
 例年通りですと、6日目の夕方(取材、写真等撮影する方:17時頃〜)と7日目の朝(一般見学の方:8時頃〜)に、まちなみ館にて行っています。

 (2) 重要参考情報

 種子取祭の見学は無料です。休憩無しの長時間ぶっ通しの上演となりますが、ステージ前の観客席では飲んだり食べたりすることは自由にできます。また近くにトイレも整備されています。
 
 竹富島に宿泊滞在される方を除き、石垣島より種子取祭を見学に出掛けられる場合は、船会社から販売される「往復乗船券+港⇔祭り会場間の送迎車付セット券」を利用されるのが安価で便利です。
 
 冬場の竹富発石垣への高速船最終便は通常17時45分(安栄観光&八重山観光フェリー)ですが、例年1日目は舞台芸能終了直後の18時30分と22時頃に石垣行き臨時便が運行されます。(22時の臨時便は八重山観光フェリーが運航しますが、搭乗人員数に限りがあるため、事前予約が必要です。)
 また、2日目は最終便時刻までに行事を終了させるようにスケジューリングされます。なお、通常は2日目も18時30分の石垣行き臨時便が運行されます。

 
 種子取祭開催期間中は、港から会場まではシャトルバスがピストン運行されます。ただし、1日目の22時頃の臨時便に接続するバスはありませんので、この船に乗る場合は、集落から港まで20分強歩かなければなりません。
 
 祭り当日は、レンタサイクル店は休業するため、シャトルバス以外の移動手段は徒歩のみとなります。水牛車やバス観光等も基本的にはお休みとなります。
 
 昼、夜ともいくつかのお店は営業していますので、全く食事ができないということはありません。(但し、相当待たされることもあります。) 祭り会場前で多少の食べ物や飲み物の販売をしていますが、すぐに完売となるため、できれば石垣島で飲物や食べ物を買って行かれた方がよいかと思います。
 
 

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