舞台の芸能2019(初日)その2 作成 2020.04.18
ここからは2019年10月20日に開催された竹富島の種子取祭の「舞台の芸能」の様子を紹介します。
玻座間村の演芸となりますが、一度に全ての演目を紹介することができませんので、いくつかに分けて紹介します。
ここは、その2です。
なお、以下の青字の演目は「ジィの狂言」です。 |
13.まんのう
14.世曳き狂言 (ユーヒキキョンギン)
この踊りの特徴は那覇の首里言葉を使って演じられるところです。琉球王朝から位を授かった竹富島の豪農「大山家」の御主前(ウシュマイ)が登場し、与人(ユンチュ)と呼ばれる役人と子どもや孫を引き連れて神様に豊作の報告をします。ウシュマイは2人の若者にお供え物を荷車で持ってくるようにと指示を出します。若者たちはゆっくり踊りながら曳きだした荷車を神前に供えます。 |
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子どもたちはとても上手に演じていました。 |
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2本の棒をすり合わせて音を鳴らす踊りで豊作を祝います。 |
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15.北谷前
沖縄本島の恩納村にある谷茶の浜で、男は魚を捕り、その魚を女が売りに行くといった漁村の村人の生活を表現したものです。 |
女児たちが大人に交じり上手に演じていました。 |
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舞台の雰囲気はこのようなものです。 |
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16.真栄
人頭税を納めるため、西表島・仲間村に移住せざるをえず、離別を余儀なくされた真栄(マサカイ)と竹富島に残されたカナシャーマが互いに、「竹富の上空に白雲、積雲が上がったらカナシャーマだと思ってちょうだい」「西表島の古見岳の真上に月が上がったら真栄だと思ってくれよ」と言い交す哀しい舞踊です。
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朱色の衣装が印象に残ります。 |
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優雅で華やかな踊りです。 |
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17.大浦越路節
崎山ユンタで有名な西表島の崎山村と鹿川村の間を結ぶ山道が大浦越路です。現在でもまともな道はなく普通に行く事がとても困難な崎山ですが、それに輪をかけて秘境と言えるのが鹿川です。素人が簡単には入れないとても危険な山道ですが、かつては村があり、その山道を通っていました。 |
18.松竹梅
各役が「かたどり」を頭にかぶり踊る古典的祝儀舞踊で、松は常緑の木で長寿や慶賀を表し、竹は素直・誠実を表し、梅は華美を表しているそうです。 |
19.伏山敵討狂言 ( フシヤマティチウチキョンギン)
名君の誉れ高い主君・棚原按司を、天願の按司に滅ぼされた富盛大主は、主君の奥方と息子二人(若按司)を連れて落ちのびます。 天願の按司が本部山へ狩りに出るという噂をききつけた富盛大主と棚原の若按司は、先回りして山に潜み、天願按司一行を待ち伏せ、敵討ちの機会を狙います。 一方で天願按司は富盛大主の敵討ちをしようとしている情報を狩人から得て、狩人の案内で富盛大主の隠れ家を襲うことにします。 しかし、富盛大主と棚原の若按司は、天願按司と臣下を見事に討ち取り、敵討ちを果たします。
この伏山敵討狂言は、寄り足(ゆいあし)と呼ばれる特殊な足使いに加え、華麗な踊り、按司方と大主らとの大立ち回り・殺陣など、見どころ満載です。 観客を巻き込んだ滑稽な演技に拍手や歓声がわき起こります。 |
棚原按司です。 |
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棚原の若按司と富盛大主です。 |
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こちらは天願の按司。敵討ちの相手となります。 |
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天願按司とその臣下たちです。 |
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天願按司たちは狩人からの情報を入手します。 |
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観客にも結構本気で迫ります。 |
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富盛大主と、天願按司の臣下との闘いです。迫真の演技に観客から大きな歓声と拍手が送られます。 |
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棚原の若按司と天願按司の臣下との闘いです。 |
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富盛大主と、天願按司の臣下との闘いが続きます。 |
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天願按司の登場です。 |
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敵討ちが始まります。 |
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天願按司は切られても切られても立ち上がります。 |
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最後の殺陣です。 |
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棚原の若按司と富盛大主は天願按司と臣下を見事に討ち取り、誇らしげに引き上げます。 |
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20.竹富ガンギ
竹富島のガンギ(=桟橋)を造っている様子の舞踊だそうです。
「カリユシカリユシ」の掛け声がかけられ踊られたように記憶しています。 |
21.赤またー節
「赤また―節」は、「赤また」という遠来神を迎え喜びにわく村人と役人の関わりを歌ったものといわれています。
赤またー節は小浜島の豊年祭の謡を節唄に改作されたもので、1751年頃、小浜節を作詞作曲した宮良永祝が作ったとされています。
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22.世果報節
世果報(ゆがふ)とは「豊年」を意味します。
この舞踊は、新城島で1837年に慶田城用枡によって作られたと言われています。 |
23.組長刀
24.元たらくじ
「たらくじ」とは「太郎叔父」さんという意味です。但し、この歌の主人公は姪のカマドマです。
タラクジの軽率な行動が、姪のカマドマを取り返しのつかない不幸のドン底に落としてしまったという悲しい物語です。この踊りはカンブーを結わずタリンガン(垂れ髪)で踊ることから、誤解であるもののカマドマの罪は許されなかったようです。 |
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