舞台の芸能 2016 (2日目)その3  作成 2017.02.11
2016年11月5日に開催された竹富島の種子取祭の「舞台の芸能」の様子を紹介します。
2日目は仲筋村の演芸となりますが、一度に全ての演目を紹介することができませんので、いくつかに分けて紹介します。

ここは、その3です。なお、説明書きは主にこれまでのものを流用しています。

21.崎山節

西表島西部には崎山という湾があります。この湾の近くに昭和の初期まで村がありましたが、現在は廃村となっています。波照間島民が移り住み、土地を開拓し、新しく創った村です。
八重山の唄、崎山節・崎山ゆんた・ミナトーマには、それぞれ、当時の崎山村民の、故郷を離れた悲しみ、開拓の苦しみ、それでもなんとか暮らしていこうとする意志が込められています。
崎山節の歌詞を意訳すると、「せめて島を見たいと思い、山に登ると、そこに懐かしい生まれ故郷が見える。同時に、自分と島を隔てる海によって、決して島には戻れないのだということを気づかされてしまう。悲しくて、涙がどんどん出てきて止まらず、せっかく島を見るために山に登ってきたのに、涙で見えなくなってしまう。」という感じのものです。

 
     

22.揚古見ぬ浦節

「揚古見ぬ浦(アギクンヌウラ)節」は、西表島・古見村の歌です。
「揚古見ぬ浦節」は八重山古典民謡の中でも、一揚調の曲では代表的なものです。

 

23.たこ捕り

種子取祭では、それぞれの家ではタコ(マダコ)とニンニクが振る舞われますが、。これは、タコはその吸盤で「福を引きつける」という意味から供されているそうです。
竹富島では、タコをンゾー(和名はウデナガカクレダコ)と言いますが、
干潮のとき、島の人たちは潮干狩りがてら獲りにいくそうです。


     

24.長刀の舞い

長刀の舞

 

25.する掬い (スルックイ)

スルというのは、キビナゴのことで、網を持っているのが竹富島の女2人で、天秤を持っているのが石垣島から来た男。
種子取祭を迎えるに当たって、コンドイ浜にスルを採りに行った際の、それぞれの方言でのやりとりをコミカルに描いたものです。
島の性風俗を描いた部分もあるそうですが、それを自然で明るく表現しているのだそうです。

 

26.サングルロ

ソングルロは、とても奇妙な姿で、黒頭巾をかぶり、長い糸で顔を隠した女性達の踊りです。ドラの音に合わせて飛び上がったり、突然止まって動かなくなったり、奇妙な動きをする特徴のある踊りです。また、最後(退場時)は、一人ひとり転がりながら舞台裏へと退場します。
踊りの由来については、人頭税時代に、年貢を逃れようと、子供が大人になっても分からないようにするためにこのような姿に扮したものの、それに対して士族らは、下着のない時代だったのでサングルロを踊らせ、転がるのを見て大人か否か見極めたのではないかということだそうです。

 
 
  この後、一人ひとり転がって退場します。

27.鬼捕り 鬼(ウン)狂言

「仲筋地区の舞台の奉納芸能の最後、つまり種子取祭のトリを飾るは、「 鬼捕り 」 です。
「鬼捕り」は、人食鬼を生け捕りするように命令された棒術使いの武士(福仲親雲上)が、山中で、兄が人食鬼にさらわれたと、一人でしょんぼり座っていた親に捨てられた子供を発見し介抱します。その後、武士は、鬼の住む洞穴を発見し、鬼の夫婦と格闘の上、鬼の夫婦を生け捕り、無事、さらわれた子供を取り返します。そして、この捨てられた子供達を、救出した武士が自分の手で育てるという物語です。
この芸能は西表島の古見から竹富島に伝えられたとされていますが、元々は沖縄本島から伝わったもので、舞台も沖縄本島の本部山とされています。

 
兄が人食鬼にさらわれます。
武士は、鬼の住む洞穴を発見し鬼の夫婦と闘います。
  無事、さらわれた子供は取り返されます。
鬼の夫婦は生け捕られます。
  子供たちが再会したところです。

仲筋地区の舞台の奉納芸能も終わり、2日間に亘る奉納芸能は全て終了しました。
最後に、公民館長が挨拶をされ、午後5時30分ごろ幕を閉じました。

公民館長の挨拶。 来賓等の観覧席の様子です。


各説明書きにつきましては、その多くを「竹富島文庫T 種子取祭 」(発行:遺産管理型NPO法人 たきどぅん)、その他から引用させて頂きました。内容につきましては、私の把握違いや意味を正しく理解していないこともあろうかと思いますので、その点はよろしくご理解のほどお願いします。
  

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