舞台の芸能 2014 (2日目)その2  作成 2015.01.31

ここからは2014年11月16日に開催された竹富島の種子取祭の「舞台の芸能」の様子を紹介します。
2日目は仲筋村の演芸となりますが、一度に全ての演目を紹介することができませんので、いくつかに分けて紹介します。

ここは、その2です。

11.竹富節(8人踊り)

「竹富節(たきどぅんぶし)」は、スディナ・カカン衣装と若衆姿の計8人で踊ります。スディナ・カカン衣装は八重山地方の正装です。

目の覚めるような美しい赤の衣装です。
この踊りは種子取祭の舞台で踊る為に創られたそうです。

12.盛山ぬドッケマー

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13.夜雨(ゆあみ)節 

夜雨(ゆあみ)節は、「雨露の恵みが、時を違える事無く、旱魃を招かず、夜雨が豊かなる御代のしるし」と言祝ぐ(祝いの言葉をのべて豊作を祈るものです。

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14.仲良田節

「仲良田節」は西表島の西部で歌われる古い歌で、祖納村のお米の収穫感謝の踊りがもとになっているようです。
仲良田は仲良川流域一帯の肥沃な水田の名に由来しています。この仲良田節は神歌とされ、日頃は決して歌ってはならないと戒められています。

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15.鳩間節

鳩間島は、八重山西表島の北方にある周囲4kmの小島です。歌は、鳩間の結願祭の時に稲や栗の稔りを神に感謝して踊られるゆっくりとした調子のものですが、沖縄本島では二歳踊りの「前の浜」に日本舞踊の「カッポレ」の技法を取り入れて振付けられ、早弾きで軽快なテンポになっています。
鳩間島の美しさを讃え、人々の営みの豊かさを歌っています。優雅な旋律に乗せ、四つ竹を鳴らしながら悠長に踊ります。

東京竹富郷友会による舞踊です。
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16.仲筋ぬヌベー

琉球王府の時代、八重山の離島や石垣島の遠島地にある村番所には役人が派遣されていました。ある時、竹富島の役人が、上納布の原料である苧麻とパナリ焼きの水甕を得るために、産地である新城島(パナリ)の役人から条件として要求された「賄い女」(現地妻)の派遣を受け入れました。白羽の矢がたったのが竹富島の仲筋のヌベマでした。・・・
この唄は単身で赴任する役人の世話をする「賄い女」をテーマとした唄ですが、竹富島から新城島(パナリ)へ一人娘を送り出した親の自責の念と娘への憐憫の情が、ひきしまった悲しい歌です。
この時に手入したという水甕は今も残されています。

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17.父子忠臣

組踊 「 父子忠臣 ( ふしちゅうしん )」は、主君を殺された際、幼い若君を連れ生き延びた忠臣と、隠居していたその父親が力を合わせ仇討ちを果たす物語です。ストーリーは次の通りです。
『知勇兼備で知られる糸数の按司は、妻の誕生祝いの席で、束辺名の按司に闇討ちにされてしまう。糸数の按司の臣下山城の比屋は、遺された若按司をかくまって落ち延びていたが、束辺名の按司が恩納山にいのしし狩りに出ると聞きつけ、仇を討つべく若按司とともに山に登る。同じ時、山城の父で、隠居していた兼元大主も、かつての主君糸数の按司の仇討にと恩納山に登った。山中で再会を果たした父子は、そこで共に待ち伏せ、束辺名一行がやってきたところを首尾良く迎え撃つのだった。』

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18.扇子舞

 
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19.まんのーま節

マンノーマとは役人の血を引いた男性の名前です。昔、役人が島に単身赴任する際に、その身の回りの世話をする女性がいました。これは単に家政婦といった仕事にとどまらず、いわゆる現地妻のようなものでした。この女性と役人の間に生まれた子供は非常に大切に扱われます。役人の血を引いているということもありますし、もしも本妻に子供が産まれなかった場合には、その子が役人になる可能性があるからです。マンノーマはそういう境遇の子供でした。この唄は、役人に取り立てられたマンノーマに竹富島の役人になってもらいたいと歌ったものです。

沖縄らしい伝統的な踊りです。

20.畑屋ぬ願い

「 畑屋 ( はるや ) ぬ願い 」の内容は、主 ( ヌー ) とアヤーの夫婦が、畑小屋で種子取の願いをしているときに、猿引きに出会って猿の芸能を観ますが、終わった後、妻のアヤーが、主 の隙を見て逃げ、これを主が探すといったものだそうです。
舞台の中心は、この猿で、猿の芸能を楽しむ物語です。
猿を演じた子供(小学4年生)の動きがコミカルで実に素晴らしく、また多く観客の笑いを誘いました。腹の底から笑え、面白かったです。

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