旧日本海軍壕(西表島・船浮) 更新 2020.10.17
今回は地図の修正を行いました。
西表島の最も西に位置していることから奥西表とも呼ばれ、船でしか行き来のできない船浮集落とその周辺には、今なお第二次世界大戦の痕跡が色濃く残されています。なかでも船浮港内の浮桟橋の左手(南)側、琉球真珠の前の道を進んだ先の集落の外れには、戦時中、海軍の特攻艇の秘密基地が置かれていました。結果として、ここから特攻艇が出撃することなく終戦を迎えたそうですが、ここでは今日でも特攻艇「震洋」を隠していた壕や弾薬庫などの壕の跡を見ることができます。これらの壕は、人力で数年かけて掘られたそうですが、保存状態もよく当時の様子を垣間見ることができます。
地図
1.防空壕(トンネル) |
周辺の船浮湾は、複雑に入り組んだ地形で岩陰も多く、また水深も十分にある天然の良港で、海軍もこれを活用して基地を設けたものと思われます。この防空壕(トンネル)は浮桟橋からすぐの所にありますが、当時の手掘りのままで落石防止策もとられていないため、中を通行する時は個人の責任のもと、安全には十分に気を付けてください。 |
防空壕入口[北側] |
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防空壕内部(1) |
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防空壕内部(2) 海へと続く洞口 |
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防空壕内部(3) |
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防空壕出口[南側] |
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防空壕を出た所の左側の海 |
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海側の洞口(1) |
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海側の洞口(2) |
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2.特攻艇格納庫 |
防空壕出口(南側)から少し歩いた右手山側に特攻艇「震洋」を格納していたと思われる壕が残っています。 |
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3.途中の道 |
それぞれの壕を結んでいる道ですが、結構広い道幅があります。 |
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4.発電所跡 |
更に奥に進むと発電所跡があります。壕入口の説明プレートが2つに割れていました。 |
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5.石塁 |
海側には石を積み上げた場所があります。もしかすると機関砲などが設置されていたのかもしれません。 |
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