石垣島のダム  更新 2016.04.02

今回は青字の箇所について、内容追記をしました。

 八重山、と言っても石垣島のみに限定されますが、ここには5つのダムがあります。それは、石垣、名蔵、真栄里、底原、大浦ダムですが、石垣ダムを除いていずれのダムも、沖縄の本土復帰がなされた後に着工・建設されたものです。そして、上水道用水の取水権を持つ真栄里ダムを除き、残りは全て農業(灌漑)用の施設です。つまりこれらのダムによって、石垣島の農業は支えられているといっても過言ではないかと思われます。

 所で、名蔵ダムの左岸には「慈雨豊穣」と書かれた碑が建てられていますが、そこには「昭和46年の、連続干天日数191日にも及ぶ大干ばつにより石垣島の農業は壊滅的な打撃を受けた。そこで、農業用水を確保する慈雨の水瓶として、この地にダムを築造した。(以下、省略)」と記されています。
 昭和46年(1971年)は沖縄の本土復帰の前年ですが、この年、八重山では3月から9月初めまで少雨が続き、58年ぶりの干ばつとなりました。特に6月に入ってからは草も枯れ、水もなく、牧牛の餓死も始まりました。また、基幹作物である「さとうきび」は、その大部分が立ち枯れました。各島では飲料水が無くなり、本土から運びました。農作物もほとんど枯れ、離島騒ぎにまで発展した島もありました。雨ごいや米軍の人工降雨も行われました。

 この干ばつを契機に、国や沖縄県で八重山の水の問題が深刻に論議されるようになり、その後、ダムや貯水池が各地に建設されるようになりました。
 
 石垣島のダムの概要(型式と目的、管轄)は次表のとおりです。

名称 型式 目的 管轄 備考
石垣(いしがき)ダム ア-スダム 灌漑用ダム 沖縄総合事務局
農林水産部
日本最南端のダムです。
名蔵(なぐら)ダム ロックフィルダム 灌漑用ダム 沖縄総合事務局
農林水産部
日本最西端のダムです。
真栄里(まえざと)ダム ア-スダム 多目的ダム
(灌漑・治水・上水道)
沖縄県 多目的ダムとしては、日本最南端・最西端のダムです。
底原(そこばる)ダム ロックフィルダム 灌漑用ダム 沖縄総合事務局
農林水産部
堤頂長1331mは、農業用フィルダムの中では日本で2番目の長さです。
大浦(おおうら)ダム ロックフィルダム 灌漑用ダム 沖縄県  

 この表のように、ダムには目的があり、その目的に沿って管轄・運用されています。5つのダムがあるものの石垣島では、今でも天候によって上水道(市水)が断水になることが数年に一度はあります。しかしながら、水不足だからといって、敢概用のダムを上水道に利用することはできません。(極端な例え話をすれば、真栄里ダムが空っぽで、他のダムが満水状態でもその水を上水道に利用することはできないのです。[2015年5月時点])

 一方、2013年3月に新しい空港ができ、観光客の数も増加しつつあります。観光客の増加を見込んでリゾートホテル等の建築も進められています。地元の人口(住民数)が増えれば勿論ですが、観光客が増えれば、その分、水の需要も増えることになります。特に夏場のシーズンには水需要が大きく増えます。(今日、石垣市における飲料水は常に不足気味で、毎年夏場になると市水道部は地下水をくみ上げ水需要に応えようと懸命に対応しています。)
 
 海底送水をしている竹富島[*1]を含め、石垣島ではこれから益々水需要が大きく増えることになるかと思いますが、水源不足の石垣市が増え続ける水需要に将来的に耐えられるのかどうか、大変気になるところです。私たちもこうした実態を知り、限りある水資源を大切にしなければなりません。併せて、潤沢にある農業用水を上水道用水に利用できる方法についても、議論を重ねていくべきかと考えます。
 
[*1]  竹富島は長年水に恵まれず、島の人々は専ら天水と旧式の井戸や縦堀式の井戸を頼りに生活を営んできました。旱魃の時には石垣島や西表島から水を運ぶという想像のつかぬ苦難と斗いながら生命をつないできていました。この問題は昭和51年10月に於茂登岳の真水を海底送水管で引くという方法の実現により解決されました。しかし、竹富町の海底送水管は敷設から長い歳月が経過して老朽化しており、そう遠くない時期に更新時期を迎えることになろうかと思います。
 なお、周辺の小浜島、鳩間島、新城島、黒島は、西表島からの海底送水で、また波照間島は「かん水淡水化装置」により、それぞれ生活水の確保を行っています。離島においては、「命どぅ宝」は「水どぅ命」に通じるものがあります。

ダムの地図

1.石垣(いしがき)ダム 

所在地 沖縄県石垣市字登野城
河川 宮良川水系磯辺川 着手/竣工 1979/1981年 (改修)
目的 灌漑
形式 傾斜コア型アースフィル 堤高/堤頂長 18.5m/65m
総貯水量 420,000m3 有効貯水量 400,000m3
流域/湛水面積 1.5km2/6ha
ダム事業者 沖縄総合事務局農林水産部 本体施工者 戸田建設・唐真組
 
石垣ダムは、宮良川水系磯辺川に設けられた灌漑用水専用のアース式ダムで、日本最南端のダムです。他のダムと比べて最も小ぶりなダムです。元は本土復帰前の1962(昭和37)年に琉球政府によって作られ、現在の石垣ダムは1981(昭和56)年に旧石垣ダムを覆うように建設(改修)された二代目です。
ダム周辺は広大な「バンナ公園」となっていて、展望台や散策路などが整備されています。また、ダム湖の上には「セイシカの橋」と言う沖縄県内初の吊り橋が架かっていて、橋の上からは綺麗な風景を望むことが出来ます。
 
日本の最南端のダムで、本土復帰前の昭和37~38年にかけて、琉球政府によって造られました。 その後、国営かんがい排水事業宮良川地区の事業で昭和54~56年にかけて改修されました。
ダムはバンナ公園の麓にあります。 堰堤より下流側の眺めです。
竣工記念碑が建てられています。 ダムの概要等を記した説明板が設置されています。

2.名蔵(なぐら)ダム

所在地 沖縄県石垣市字登野城
河川 名蔵川水系ブネラ川 着手/竣工 1980/1998年
目的 灌漑
形式 ロックフィル 堤高/堤頂長 38.7m/400.0m
総貯水量 3,970,000m3
有効貯水量 3,820,000m3
流域/湛水面積 3.5km2/35ha
ダム事業者 沖縄総合事務局農林水産部 本体施工者 フジタ・戸田建設・唐真組
 
名蔵の嵩田地区に建設されたダムで、国営名蔵川農業水利事業の基幹施設です。1999(平成11)年に名蔵川水系のブネラ川の上流に建設されました。堰堤の形式は、中心遮水ゾーン型ロックフィルダムです。国営かんがい排水事業名蔵川地区の主水源となっています。同地区には広大な面積にサトウキビ、パイン、水稲、牧草等が栽培されています。以前は用排水施設が未整備だったのですが、このダムの完成によってほ場整備は勿論、農業の近代化、経営の向上等が図られました。
 
日本の最西端にあるロックフィル式ダムです。 これらの碑は左岸に建てられています。
 「慈雨豊穣」と書かれた碑が建てられており、ここには「昭和46年の、連続干天日数191日にも及ぶ大干ばつにより石垣島の農業は壊滅的な打撃を受けた。そこで、農業用水を確保する慈雨の水瓶として、この地にダムを築造した。(以下、省略)」と記されています。 そばには、ダムの概要等を記した説明板も設置されています。
ダム湖の堤側の様子です。ロックフィル式らしい様相を呈しています。 北ならびに東側の方向を眺めたものです。
堤下からの眺めです。 こちらは天端からの下流側を眺めたものです。
右手の建物がダム管理事務所です。

3.真栄里(まえざと)ダム

所在地 沖縄県石垣市字大浜武那田原
河川 宮良川水系宮良川 着手/竣工 1972/1982年
目的 多目的 (灌漑、治水、上水道供給)
形式 均一型アース 堤高/堤頂長 27.0m/367.4m
総貯水量 2,300,000m3 有効貯水量 2,100,000m3
流域/湛水面積 4.82km2/25.5ha
ダム事業者 沖縄県 本体施工者 清水建設・八重山興業
 
御茂登集落北方の真栄里山(正しくは右岸が真栄里山で、左岸は大浜・武那田原)に建設されました。洪水の調節としてダム下流の水害防止に加えて、流水を石垣市の上水道用水、また石垣土地改良組合のかんがい用水として利用する多目的ダムとして、建設省と農林水産省共同事業で1982(昭和57)年に完成しました。水道用水の取水権が1日1万トンと少ないため、石垣市は白水水系や地下水への依存を余儀なくされています。
 
石垣島にあるダムの中で唯一のア-ス式多目的ダム(灌漑・治水・上水道)です。又余剰となった水は導水路(929m)によって底原ダムに送られ、効率的に貯水されているとのことです。 10年に1度起きる渇水時に際し、上水道の安定的な取水を可能とするため、多目的でも水道用水への供給を優先しているそうです。
ダムの概要等を記した説明板が設置されています。 上流方向を眺めたものです。
左岸側からの眺めです。後ろの高い山は沖縄県の最高峰(526m)の於茂登岳です。その手前にはパイン畑が広がっています。 反対側(右岸側)からの眺めです。
天端から下流側を眺めたものです。 下流側には於茂登取水場(写真左手の建物)が設けられています。
洪水吐です。 これがダム管理事務所です。左岸側にあります。

4.底原(そこばる)ダム

所在地 沖縄県石垣市字宮良底原2186
河川 宮良川水系底原川 着手/竣工 1975/1992年
目的 灌漑
形式 ロックフィル 堤高/堤頂長 29.5m/1,331m
総貯水量 13,000,000m3 有効貯水量 12,850,000m3
流域/湛水面積 9km2/138ha
ダム事業者 沖縄総合事務局農林水産部 本体施工者 前田建設工業・清水建設・西里建設
 
石垣島は1971(昭和46)年に連続干天日数191日間という大干ばつに見舞われ農業は壊滅的打撃を受けました。このためどのような大干ばつが来てもいつでも水が使えるようにと、復帰後、国や県、市および地元関係者が協力して、石垣島中部を流れる宮良川水系底原川に建設されました。農業用のフィルダムとしては日本で最も長い1331mの堤体(国内全ダム中7位)を有しています。宮良川土地改良事業の一環として真栄里ダムとともに建設されました。
ダムで蓄えられた水は灌漑用水として使用され、石垣島中部から南部にかけて広がる3460haの農地を潤しています。
底原ダムは、宮良川土地改良事業の一環として真栄里ダムとともに建設されました。 農業用(灌漑用)のロックフィルダムとしては、日本で2番目に長い堤体(1331m)をもつダムです。天端は車両通行禁止ですが、歩行は可能です。
真栄里ダムから底原ダムへは於茂登導水路で結ばれていますが一方向となっており、その逆の送水はできません。
ダム湖側の様子です。フィル式らしい様相を呈しています。上流側は沖縄らしい白色の石を多く用いたリップラップが貼られています。 反対方向からダム湖上流側の眺めです。
天端から下流側を眺めたものです。アースダムの様な堤体です。 同拡大
洪水吐です。(上流側) 同下流側。洪水吐からの導流部ですが、非常になだらかなものとなっています。
右岸側にあるダム管理事務所です。 ダムの概要等を記した説明板が設置されています。
  
5.大浦(おおうら)ダム
 
 
所在地 沖縄県石垣市伊原間
河川 大浦川水系大浦川 着手/竣工 1973/1980年
目的 灌漑
形式 ロックフィル 堤高/堤頂長 35.5m/214m
総貯水量 1,190,000m3 有効貯水量 1,170,000m3
流域/湛水面積 1.7km2/13ha
ダム事業者 沖縄県 本体施工者 前田建設工業
 
伊原間の大浦川の上流に1980(昭和55)年竣工しました。受益地区は、栄・伊原間・明石西・明石・久宇良地区です。ファームボンドも4カ所設置され、自然圧による末端かんがいを可能にしました。大浦ダムは付近にもまたダム周回道路も無く、関係者以外にはあまり知られていません。竣工から30年後の2010(平成22)年に大規模な改修が行なわれました。
 
大浦ダムは島の北部、伊原間地区にありますが、関係者以外立ち入り禁止となっています。 管理事務所のように思われます。
放水路上からの様子。堰堤にはこれ以上近づけません。 同拡大。ロックフィルダムであることが分かります。
放水路上流側 放水路下流側
 
 
※ ダムのデータは一般財団法人日本ダム協会の「ダム便覧」から引用しました。
 

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