八重山の星見石  更新 2012.03.02

 八重山諸島は、内地(鹿児島)から約1019km、沖縄本島からでも411km 離れた南西諸島最南端に位置していることもあり、暦が伝わるのは遅く、元禄11 年(1698年)といわれています。 それまでの時節を知る方法としては、草木の成長、星や月の位置が、重要な役割を果たしていました。
 時節を把握することは漁業や農業にとって大変重要で、特に農業については穀物の生産性を高めるため、播種期や収穫期などの農作業の時期をより正確に把握する必要がありました。

 1647(正保4)年、宮良親雲上長重(みやらぺーちんちょうじゅう)は、 琉球王から頭職を拝命し、その後1670年代から1690年代にかけて立石状の「星見石」を八重山の各地域に建て、 星を観測することにより作物の種子を蒔く時期を決めるようになりました。 この「星見石」は、今でもいくつかの島に残されています。

 具体的な星の観測にはいくつかの方法がありますが、観測の対象とした星が特定の時間に特定の位置に来ることを季節の指標とするもので、その観測に欠かせなかった石が「星見石」です。 石垣島や竹富島では 主におうし座のプレアデス星団(俗名「ムリカ星」:昴=スバル)を観測対象としていました。 石垣島の星見石の観測については、人がこの石と「ムリカ星」を結ぶ線を確認する方法が一般的な利用法だとされています。 また、竹富島の星見石は側面に穴があいていて、この穴から「ムリカ星」を観測していたと伝えられています。 そして観測により、麦、粟、米の種子を蒔く時期を決めていたようです。 なお、「ムリカ星」は天の真中を通る星座として特に農民から親しまれ、 民謡や伝説にも取り上げられているように、重視されていました。

 この「星見」は明治の初期頃まで行われていたとされています。 なかでも波照間島は、当時、「星見」が最も発達していたと言われています。 現在では、星見石を実際に使ったという人が既に存在せず、星見石自体もほとんど見られなくなったため、「星見」の様子は人々の言い伝えや古文書、古謡の中にのみ残るものとなってしまいました。

[補足]

1. 星見石には、立石状のものと、方角を刻んだ方位石のものがあり、立石状のものには穴が開けられたものと、穴のないものがあります。
方位石は立石状のものより後の時代のものとされています。

 
2. 立石状のものの場合、穴のあるものでは穴を通して、また、穴のないものでは頂点を基準として、方位石の場合には、中央の穴に竿を立て、その先を基準とし星を観測したようです。 具体的には、星見石と一定の距離をおいて人が座り、目、石、星とを結んで観測したといわれています。 また、星見石と組になる背の低い石を用い、2つの石を基準とすることでより正確な観測も行なわれたようです。
しかしながら、星を見た姿勢や角度、時間など、星見の方法は今日でも明確には解明されていません。

 
3. 八重山で見られる星のうち、農耕と関わる星座の多くは東、北東から上がり、星見石は、各村のその方角が見渡せる丘、農作業を終えた人々が集まりやすい場所、井戸の側などに立てられていたようです。
 
4. 宮古島にある人頭税石は、八重山にある立石状の星見石とほぼ同じ大きさで、星見石と同様の用途に用いられたのではないかとの説もあります。

八重山の星見石


島名 星見石名と写真、ならびにコメント
石垣島 登野城の星見石

高さ約145cmの立石状の珊瑚石灰岩でできた星見石です。現在は桟橋通りを上ったダイハツ(自動車のディーラー)の隅、立石橋の傍に置かれています。


以前は、畑だったこの敷地内にあったものを移設したとされています。
新川の星見石(西側より)

高さ約1mの立石状の珊瑚石灰岩でできた星見石です。
ランチフーズビルの東側にあります。
同(東側より)

元の位置から若干移動されているそうです。
大川の星見石
菊目サンゴ石の中央に穴を穿ち、12筋の溝を刻んで放射状に方位を示しているとされています。中央の穴に竿を立てて星の位置を観測したものと考えられています。元は大川村にあったものですが、宮良川土地改良事業に伴い1986年(昭和61年)に撤去され、現在は石垣市教育委員会にて保管されています。
[写真は石垣市教育委員会資料から引用]
竹富島 赤山公園の星見石

立石状の珊瑚石灰岩でできた星見石で、中央下に穴が開いています。かつては竹富島北部の與那国家の畑にあったそうですが、1953年(昭和28年)に赤山丘を公園として整備した際に移設され、現在は赤山公園(なごみの塔の下)にあります。

碑文の記されている箇所

この星見石の右側にはモルタルが塗られ、そこには
星見石ノ由来:往古ハ暦ナク草木ノ緑ノ模様星ノ出没ノ模様等デ春夏秋冬ノ季節ヲ定メ以テ作物ヲシタト言フ」と、記されています。
※この星見石は一時「石垣島川平の星見石」と混同されていた時期がありました。
小浜島 節定め石

小浜集落の南側(シュガーロード端)にある節定め石は、高さ約55cm、幅約130cmの横長の珊瑚石灰岩でできた星見石です。石の上面に、子、丑、寅…と方位を示す12個の小さな穴が開けられていて、竿を立てて星見を行ったという説があります。
裏側から

傍の碑には、『この石に十二支の順に穴が掘られており 小浜島の人々はその石の穴と星(ムリ星)との方角等によって農作物の作付時期等を定めたと伝えられている』と記されています。
節定め石は、1976年(昭和51年)7月15日に竹富町の史跡(文化財)に指定されています。
波照間島 集落センター横の立石

この立石状の珊瑚石灰岩は、名石商店南側の波照間公民館前広場の集落センターの東側(壁際)にあります。


記録では波照間島にも星見石が1つ存在することになっています。これが星見石かどうかは説明看板も無いため定かではありませんが、他の星見石とほぼ高さも大きさも同様であり、そのように思われます。
 

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