鳩間島の豊年祭2019  作成 2019.09.28

 豊年祭は、穀物の収穫を終えた後、神への豊作の感謝と、来夏世(クナツユー、クナチィユー)の豊作祈願を行う祭です。
 別名「瑠璃の島」と呼ばれる鳩間島の豊年祭は、毎年、旧暦6月の壬の日から3日間開催され(新暦では7月下旬頃から8月上旬頃の間)、鳩間島ではこれが年間を通じて島最大の祭りとなっています。普段は静かな島も、祭りの日は島外に住む島出身者や観光客で賑わいます。

 豊年祭の初日はユードゥーシ(夜通し)と呼ばれ、島内で第一の聖地とされる友利御獄で、夜から早朝にかけ夜通しで神に祈りを捧げます。(いわゆる他地区のオンプールに該当するものです。)
 2日目はトゥーピン(当日)と呼ばれ、島内の各御獄で祈願を行った後、「民宿いだふに」前の「桟敷(サンシキ)」と呼ばれる広場で、旗頭、ミリク(ミルク)、棒術、舞踊などの奉納芸能や、パーレー(爬龍船競漕:ハーリー)が奉納されます。これは午後1時頃から始まり午後4時頃まで行われます。豊年祭の多くの行事は、島の東の集落と西の集落が競い合うような形で行われ、青が東の集落、赤が西の集落の色となっています。なお、他の地域にはない鳩間島独特の芸能としては、黄色い衣装に身を包んだ「カムラーマ」があげられます。
 3日目はシナピキヌピン(綱引きの日)と呼ばれ、大綱引きが行われます。この大綱引きは、その場にいる人は誰でも参加できます。島の人々や観光客が西と東に別れて綱を引き、勝負は3回勝負で行なわれます。(2日目と3日目は他地区のムラプールに該当するものです。)

 なお、豊年祭でパーレーを行うのは鳩間島と黒島で、鳩間島と黒島とは兄弟島と呼ばれているようです。また、豊年祭でパーレーと綱引きの両方を行う集落は鳩間島以外には無く、鳩間島豊年祭の大きな特徴となっています。
 
 2019年の鳩間島の豊年祭は、7月14日・7月20~21日に開催されました。ここでは、豊年祭のメインとなる7月20日・トゥーピンの日の様子を紹介します。
 この日は午前11時頃から各御嶽ごとに祈願を行ったあと、クロツグの葉を頭に巻いた氏子らが友利御嶽に集合し巻踊りを奉納、午後1時前になると「みちうた」を歌いながら桟敷広場まで行列しました。
 その後、桟敷広場で午後1時頃から旗頭奉納が行なわれ、続いてミリク(ミルク)様が登場し、神酒や作物を持った婦人たちによる巻踊りが奉納されました。
 引き続き、東・西村毎の棒術奉納や、婦人部や郷友会などによる「稲しり節」をはじめとして数々の舞踊などが奉納されました。
 奉納芸能の後は、東と西村の対抗でパーレーが行なわれ、今年は東村(青色)が勝利しました。
 
【参考】

 豊年祭メインの2日目、石垣・鳩間間の定期船は各船会社とも通常通りの時刻(臨時便なし)で運航されました。私は安栄観光の高速船を利用し、9:30石垣発の便で出掛け、16:15鳩間発の最終便で日帰りしました。船は往復とも観光客数に合わせ増便(計2隻)運航されました。
 最後はあまり余裕がありませんでしたが、パーレー終了まで全て見ることができました。昼間の行事でもあり、石垣島から応援で駆けつけておられる郷友会の方々が日帰り可能なように時間設定・進行管理されているようです。
 会場内には観光客向けの飲み物・昼食の販売はありませんので注意して下さい。(石垣島離島ターミナルなどで買って持参されることをお勧めします。なお、ごみは各自で持ち帰ることになっていますので、ご協力をお願いします。処分はメインランドの石垣島離島ターミナルのゴミ箱等を利用して下さい。)
 豊年祭はあくまで島民のための行事であり、観光客は見させて頂くという気持ちで行動しましょう。
 トイレは、鳩間島コミュニティセンターのトイレが利用できます。

鳩間島の豊年祭2019の様子
 
増便された石垣港9:30発の高速船(直行便)で鳩間島へ。
鳩間島到着後休憩し、「いとま浜ターミナル」から西表島経由便(本来の定期便)の入港を眺めているところ。
到着が10時半前で、午後1時から始まる豊年祭まで時間があったので、周回道路を使って島を一周。
ここはBEGINの歌にも出てくる屋良浜。写真右の木の木陰で潮騒を聴くのが好きです。 午前中は青空が広がるとても良い天気でしたが・・・。
午後からは時々小雨の降る天気に急変しました。

各御嶽で祈願を終えた氏子らが「道歌:みちうた」を歌いながら「民宿いだふに」前の桟敷広場まで戻ってきます。氏子らはカンシバと言われるヤシ科のクロツグの葉を頭に巻いています。時刻は午後0時54分です。

まず、旗頭奉納が行われます。旗文字は東村(青色)は「祈豊」、西村(赤色)は「瑞穂」と記されています。


ミリク(ミロク)行列の始まりです。ここのミリク様の衣装は他の地域と違って水色と特徴的です。八重山の民謡でもある「弥勒節」の唄声とともに登場します。時刻は午後1時です。 沖縄のお祭りの象徴としてとりあげられることの多いミリク様は、海の向こうから五穀豊穣、幸福をもたらすとして崇められている神様です。
神酒を持った女性、五穀を持った女性、三角旗を持った女性を従えミリク様がゆっくり団扇を動かし、女性達は巻踊ります。
神酒、五穀、三角旗が見えます。    
 

公民館長の挨拶で、奉納芸能が始まります。 まずは乾杯。

子孫繁栄や子供たちに健康を授けるとされる鳩間島独特の「カムラーマ」です。他の島では見ることはできません。

全員が黄色の衣装をまとって登場します。

「カムラーマ」と子供たちが一緒に踊ります。

杖とクバ扇を持った「カムラーマ」が、円陣を組んだ子供達の真ん中で、しゃがんだ子供たちの頭をクバ扇でなでます。

奉納芸能の演舞が始まります。まずは東村の棒術からです。 棒術には、六尺棒・長刀・柵棒などがあります。
沖縄本島北部のやんばる地域から伝わったものではないかとされています。棒術は各地にありますが昔の形を留めているのは鳩間島だけだもと言われています。 鳩間島の棒術の特徴としては技のスピードが速く、とても迫力があります。
確か郷友会の挨拶だったような…。

こちらは婦人会の「マミドーマ」です。(マ=真の、ミドー=女性) 「働き者のよい娘」という意味で、鍬や釜を持って踊る軽快な農耕踊りです。 農作業の所作がみられる八重山独特の伝統舞踊です。
 

こちらは「稲しり節」です。
籾摺り(精米)の様子が演じられています。
 

表彰式が行われたのですが何の表彰だったか…記憶に残っていません。
続いて舞踊1。(演目は思い出せず)
 

続いて舞踊2。(こちらも演目は思い出せず) もしかすると「鳩間島の豊年祭?」
   

続いて舞踊3。(こちらも演目は思い出せず)

次はカツオ漁が盛んだった頃を題材にした「鳩間カツオ釣り歌」です。まずカツオ船が登場します。

カツオの一本釣りが始まりました。
久しぶりに演じられたそうで、私も初めて見ました。
豊漁を祈願するものです。 最後に、観客にお菓子が撒かれました。

続いて西村による棒術が演じられました。
なかなか迫力ある演技でした。 勇壮で型も見事に決まっていました。

「イダ舟」?


「加那ヨー」? たおやかな古典舞踊です。
   

当日唯一の洋装の女性による「八重山の四季」という踊り。
三線とギターの生演奏です。

「まるま盆山〜殿様節」だったような…。
かなりの腕前の方のようで実に美しい踊りでした。

「鳩間の豊年祭」だったかな~。
   

奉納舞踊が終わり、最後にパーレー(爬龍船競漕)の東西対決が行われます。場所は桟敷広場前の「前の浜」です。 パーレーのメンバーが浜に下りてきました。
旗頭が浜に運ばれ設置されました。向こう側が東村(青色)、手前側が西村(赤色)です。パーレーが始まります。豊年祭でパーレーが行われるのは、八重山では鳩間島と黒島のみで、これは鳩間島が黒島からの移民により拓かれた島であることに起因しているそうです。

かつては、豊年祭の棒術やパーレーのメンバーに選ばれることが島の男の誇りだったといいます。

左側が東村(青色)、右側が西村(赤色)です。 沖のブイをターンして戻ってきます。
ウーニーが先に帰着し神司の杯を受けた方が勝利者となります。2019年のパーレーは西村の勝利に終わりました。
パーレーの漕ぎ手がジラバ(古謡)を唄いながら、櫂を掲げて船の周りをねり歩きます。 これで当日予定されていた全ての行事を終えました。時刻は15時40分過ぎです。

今年は途中、時々弱い雨に降られましたが予定通りにトゥーピンは終わりました。会場を後に港に向います。 この後、「いとま浜ターミナル」16時15分発の高速船(直行便)で石垣港に戻りました。

鳩間島の豊年祭は年を重ねるごとに過疎化と高齢化が進み、祭りの継続が難しくなりつつある印象を受けました。
長い歴史を持つこの豊年祭がいつまでも続くことを願わずにいられません。


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