赤馬主の墓  作成 2015.08.29 

 
 八重山を代表する民謡の一つである「赤馬節」の作詞者とされる赤馬主(あかんましゅー)の墓(別名、大城番師の墓とも呼ばれます)は、2013年2月に石垣市の文化財(建造物の部)に指定されました。この墓は、17世紀後半に築造された横穴式の墓で、意匠的に秀れ、石垣市の葬送や墓の様式を理解する上で貴重な建造物とされています。
 この墓の経緯についてですが、赤馬主の飼育していた赤馬が琉球王府に献上されたものの、王府の調教師に従わなかったため、赤馬主は首里へ召喚されることになりました。それに対して赤馬主は死を覚悟し、出発前にこの墓をつくったとされています。なお、赤馬は幻のような馬で、赤馬主は杯を持って乗っても酒がこぼれなかったそうです。
 この墓は、現在も赤馬主の子孫の方々により美化清掃が行なわれ、守り抜かれています。
 
実は、この墓のある住所が「なごみの里・特別養護老人ホーム」と同じであったため、探しあて辿りつくまでに随分と時間を要しました。(実際には、なごみの里の西隣にあります。)石垣市には、文化財としての価値を評価するなら、その場所の表示や管理等についてもう少し配慮して頂きたいと思います。

1.地図

2.写真

遠景 (墓は特別養護老人ホームの西側斜面にあります。) 墓の前は緩やかな坂道となっています。
墓の全景。 庭部は琉球石灰岩の野面積みとなっています。
説明プレート


※ 右は、説明プレートの一部を抜粋して記載。
石垣市指定文化財/建造物
    赤馬主(アカンマシュー)の墓

 赤馬主の墓は、字宮良ナーバカ原の標高40mの緩斜面に位置する。17世期後半の築造とされ、墓は横穴式の墓室部と石垣で囲まれた庭部からなる。墓室は、露頭した礫岩の岩盤に方形状の横穴を掘り込んだ独特の形状で、墓口は大小6個の整形された岩石で塞がれている。庭部は琉球石灰岩の野面積みでほぼ方形状に囲われ、正面に入口が設けられている。
 この墓には、赤馬主と称される人物が葬られているという。赤馬主とは、文珪姓(ブンケイセイ)4世の大城師番(1671〜1750)で、八重山を代表する民謡「赤馬節(アカウマブシ)」の作者とされる。墓の築造沿革に関する記録はないが、伝承では、師番が飼育していた名馬・赤馬の評判が琉球王府に伝わり、赤馬は国王に献上されたが、王府の調教師に従わなかったため、国王の不興をかうところとなり、師番は王府へ召喚されることになった。死を覚悟した師番は出発前に自らの墓を築いたとされ、それが当墓といわれる。
 なお、この地域において許可を得ることなく現状を変更し、または保存に影響を及ぼす行為をすることは石垣市文化財保護条例で禁じられています。
  平成26(2014)年3月 石垣市教育委員会
                  文化財課 83−7269

方形状の墓口は高さ約70cm、幅約130cmです。巨岩のカンダバル石に掘られています。 同拡大。墓口は6個の整形された岩石で塞がれています。
 
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